南部のお話

とったり庄兵衛

 逆井は、小金牧のはずれにある村でした。村では小金牧の野馬に田畑を荒らされるので、所どころに高い土手を作って馬が入ってこないようにしていました。

 それでも、時どきひどい暴れ馬が入ってくる時がありました。そんな時には、村の人はきまって庄兵衛さんを呼びに行くのです。

 腕っぷしの強いわりにやさしい顔をした庄兵衛さんにかかると荒っぽい野馬たちも不思議とおとなしくなりました。けれど庄兵衛さんは、村の人達の評判をよそに、もくもくと野良仕事にはげむはたらき者でもありました。

 ある日、この村一帯をおさめる代官様から何年かぶりに”野馬どり”のおふれが伝わってきました。野馬どりは、牧の中の元気で利口そうな馬をつかまえることです。つかまえた馬は、武士たちが使うほかに、村人たちにも分けてもらえることになっていました。また、特によいはたらきのあった村は、たくさんのほうびがもらえるのです。村人たちは迷わず庄兵衛さんをはじめ足の速い村の若い衆を何人か野馬どりに行かせることにきめました。庄兵衛さんは、はじめ行くのをしぶっていましたが、あんまり村の人達がすすめるので行くことにしました。

 野馬どりの日は、朝からお祭りのようなさわぎです。代官所近くにつくられた捕込(とっこめ)のまわりは、近郷所在から集まった人でびっしりうめつくされます。

 その日ばかりは、逆井の村の人達も庄兵衛さんたちの活躍をみようと仕事をおいて応援にかけつけました。捕込の人だかりの中では早くも、今年は何頭つかまるだろうかとか、どの村の者が一番つかまえるだろうかといううわさ話がはじまっていました。

 野馬どりの見せ場は、馬をつかまえる瞬間です。追い込んだ馬になわを投げ、それが見事に馬の首にかかるとおおぜいの見物人から「わーーー」という大きな歓声があがります。

 さて逆井村の庄兵衛さんたちは、この日すでに五頭もつかまえていました。足の速い者がおおぜいいてうまく馬をおいこめたこともありますが、庄兵衛さんの馬の見つけ方と、たくみななわさばきがなんといってもすばらしかったようです。

「右のあの栗毛の馬だ!」

「左へまわれ!」

 庄兵衛さんのひときわ大きな声が牧の中にひびきわたった日でした。この日、馬をいちばんつかまえたのはやはり逆井村の庄兵衛さんでした。

 そして、この日のうちに庄兵衛さんは、代官様から捕手(とったり)の役を正式にもらいました。庄兵衛さんの評判は、遠くの村まで知れわたり、逆井村ではいつのまにか庄兵衛さんを”とったり庄兵衛”とよんで尊敬しました。

このお話しの舞台


参考資料