中部のお話

手賀沼にもぐった牛

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 むかし松ヶ崎(まつがさき)の覚王寺(かくおうじ)に、牛のすきな坊さんがおりました。

 坊さんは牛をたいへんかわいがり、ひまがあると手賀沼に連れていって遊んでやりました。

 そのころ、手賀沼は松ヶ崎(まつがさき)の近くまで広がっていました。沼のまわりは広い草原でした。草が一面に生え色とりどりの花が咲いていました。沼の水は青く、どこまでもすみきっていました。

 牛は草原を自由にかけまわりました。つかれると草むらに寝そべって、チョウや虫たちと遊びました。おなかがすくと草を食べ、のどがかわくと水を飲み、楽しい時を過ごしました。なかでも牛にとって一番うれしいことは坊さんの手でからだを洗ってもらえることでした。それは気持ちよいものでした。牛はしあわせに暮らしていました。

 ところがこの坊さんは重い病気にかかって死んでしまいました。牛の悲しい声が昼となく夜となく続きました。あとにきた坊さんは牛が大きらいでした。坊さんは牛を小さな小屋にとじこめ外に出そうとはしませんでした。おなかのすいた牛は、ある時小屋をぬけ出し近くの森へ行き食べ物をさがし歩きました。坊さんはかんかんになっておこりました。そしてこんどは、太い藤づるを牛の首にまきつけ小屋の柱にしばりつけてしまいました。小屋にとじこめられていた牛はのどがかわき今にも死にそうでした。とうとうがまんできなくなった牛は自分をつないでいる藤づるを切ろうと力いっぱい引っぱりました。すると、どうしたことか藤づるが柱の結び目のところでほどけたのです。そのとたんです。牛ははげしい勢いで入口の戸をこわし外にとび出しました。丘をかけくだり林を通りぬけ田んぼにでました。目の前には満々と水をたたえた沼があります。そこは牛が坊さんと楽しく遊んだ手賀沼でした。

 牛は沼の浅いところに両足をつけガブガブ水を飲みました。草もおなかいっぱい食べました。元気になった牛は、そこから草原をあちらこちら歩きまわりました。

 そのうち日が暮れ、夕やみが手賀沼一帯をつつみはじめました。すると今まで気持ちよさそうに動きまわっていた牛は急に立ち止まりました。それからゆっくりと歩きはじめました。しかしその足は覚王寺(かくおうじ)への道ではなく沼のほうに向かっています。牛はアシの茂る沼辺におり沼に入りました。沼の中ほどに進んだ時です。牛はゆっくりとふりかえり一声高く

「モウー」

となくと沼の底に姿を消していきました。

 やがて秋がきました。それは明るい晩のことでした。

 ひとりの村人が藤づるでたばねたたき木を背負い沼のふちを通っていました。すると沼の中からなにやら気味の悪い声が聞こえてきました。村人はおっかなびっくり声のするほうへ近づいてみました。と、突然、風がおこって沼の水が波立ち青い月の光の中に、なにものかが浮かびあがってきたのです。

 村人が目をこらすと、それは一頭の大きな牛の姿でした。大きな口から炎のようなまっ赤な舌がみえます。首には藤のつるがまきつけられています。牛は村人の方を向き

「モウー」

 と、大声でなきました。

 しかし、その目はなぜか悲しそうでした。

 あまりの不思議なできごとに村人はびっくりぎょうてん、背負っていたたき木をほうりだし、いちもくさんに逃げだしました。それからというもの村人たちの間に

「手賀沼には牛がいる。覚王寺(かくおうじ)の牛だ。」

 といううわさが広まりました。

 そして、村人たちは牛のたたりをおそれて手賀沼を舟でわたる時やその近くを通る時、けっして藤づるを持たなかったということです。

このお話しの舞台


参考資料