中部のお話

オサンギツネとおじいさん

むかし、名戸ヶ谷村から柏村に出るときは曲がりくねった坂道をのぼり、オサンギツネという人を化かすキツネがいるといわれる淋しい道を通らなければなりませんでした。

ある雨上がりの日のこと、喜平じいさんが馬に乗って柏のお医者様に出かけ、家に帰ってきた時のことです。

「爺さま、そんなところ立ってねぇで早く家さ入れ」
「おい、その前にそこの柱に貼ってあるお札をはがしてくろ」
爺さまは、柱に貼ってある三峯様のお札を怖がっているようでした。
仕方ないのでお札をはがすと、爺さまは安心した様子で家に入ってきました。
そして今度は「おい、油あげはねぇか」といいます。
「あることはあるけんど、どうすんだ?」
「食うに決まってんべ」
婆さまは不思議に思いました。今まで爺さまはそんなことをいったことがなかったからです。油あげを1枚、爺さまに手渡すと、爺さまは美味い美味いといいながら食べ始めました。
それを見た婆さまは、そっと家を抜け出し、隣にいる親せきの弥助にわけを話しました。
「そりゃオサンギツネに憑りつかれたな。爺さまの体から追ん出すしかねぇべ。」
「追ん出す算段はいしにまかせっから、おれは急いで家さけえる。」 婆さまは急いで家に戻りました。

婆さまが家に戻ると、爺さまが「おれのこと追ん出そうとしてんな」といって、高下駄をはいて、家を出て行ってしまいました。
びっくりした婆さまは弥助に声をかけ、ふたりで爺さまの後を追いました。
爺さまは不思議なことに、柏村に向かってぬかるんだ坂道を高下駄ですべりもせず、転びもせずに歩いていきます。そして坂道が終わったあたりでバタッと倒れてしまいました。
「爺さま、しっかりしろ」と抱きかかえると、
「ここはどこだ?おらぁどうしちまっただ?」
我に返った爺さまを見て、婆さまと弥助はひと安心しました。


ぬかるんだ坂道はきれいに舗装されていますが、今も名戸ヶ谷小学校のそばにあります。

このお話しの舞台