むかしむかし、宮後(みよしろ)、いまの藤ヶ谷新田の名主に美しい娘がおったそうだ。
この娘が江戸の古着商の媒酌(ばいしゃく)で、とある大名の家に嫁ぐことになった。
その大名は古着商を介して、名主の家に支度金として二百両の金子(きんす)を送ったそうだ。
この二百両を持ってきた古着商は、婚礼の準備を整えるためだといって、名主には金子を渡さずにそのまま預かって江戸に帰ってしまったんだと。

さあ、いよいよ婚礼の日を迎えた。
花嫁は古着商が準備してくれた花嫁衣装をまとって式場に出てきた。式に呼ばれておった人々は、花嫁の美しさに目を奪われたそうだ。
ところが突然、衣装の小袖が褄半(つまはん)から切れて落ちてしまったんだと。
式場の中は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。花嫁は恥ずかしいやら悲しいやらで混乱にまぎれて式場を飛び出してしまった。そして、夢中で走り続け、ふと気が付くと隅田川のほとりまで来てしまったんだ
後から花嫁を追ってきた人がみてみると、そこには小袖が一片残っていただけで花嫁はもう入水したあとだった。
この花嫁衣裳は古着商が安い古着をつくろっていたもので、嫁入りの支度金は古着商が着服していたんだな。
それから数年が過ぎて、花嫁のことは誰も忘れてしまっていた。あの古着商は、悪質な商いで財をこやし、大商人になっていたんだと。
そしてこの古着商の番頭が成田山詣での帰りに、日も暮れて寒さと空腹で疲れ切ってたどり着いたのが、偶然にも宮後の名主の家だった。
それとは知らずに番頭は一夜の宿を願い、泊めてもらうことになったんだ。

名主の家の老婆は、温かい粥(かゆ)でもてなし、番頭は腹を満たしてうとうとし始めたので、老婆は布団を用意してくれて、いつしか眠りについたころ、ふと不思議な物音に目を覚ました。
番頭が老婆の部屋をそっと覗くと、老婆は誰かを呪うような祈りをしていたんだ。
その顔はまるで般若(はんにゃ)のような形相になって呪文を唱えていたんだと。そして一片の小袖を取り出し、焼け火箸(ひばし)をあてて古着商の主人を呪っていたんだ。
そのことに気づいた番頭は、腰を抜かしそうになりながらも、そっと名主の家を抜け出て、大急ぎで江戸に戻ったんだが、主人はもう発狂していて、話すこともできなかった。
そして間もなく狂い死にしたそうだ。
因果応報(いんがおうほう)で、当然の報いを受けたってことだな。
悪いことはするもんじゃねぇぞ。