北部のお話

こんぶくろ池3

むかしのこんだ 、船戸にあった本多様の代官所に早川新平という若い役人がおっただよ。
んだなぁ年の頃は三十過ぎ、凛々しい青年だったそうだ。
この新平は、本多様の領地だった船戸や大室、正連寺、大青田(おうだ)、小青田(こうだ)などの村々や牧場の検分をしとった。

この日も新平は、牧場の中にある、こんぶくろ池と呼ばれる池のほとりに立っとっただ。
この池は清水がこんこんと湧き出てよ、枯れたことがねえ。
だから馬だけじゃねぇ兎やら狐やら皆んなこの池の水を飲むために集まってきただよ。
息をひそめてよ、池を見渡せる 木立の陰で、水を飲みに来る馬を見ていた時、池向こうの森の中に若い娘っ子が微笑んでおっただと。
一番近けえ正連寺の村からも、ちょっと離れた深い森の中だ。
まさか道に迷ったんじゃあんめえなと思って、「これこれ」と 声をかけながら娘っ子に近づこうとするが、娘っ子はどんどん後ずさりして、そのまま森の中に消えてしまったんだと。そんなことがあった後も、新平は娘っ子のことが忘れられずによ、いつも娘っ子のことを思い続けてたんだと。
若けえからな、その娘っ子に恋でもしたんだんべ。

季節が変わって 、その牧場に徳川将軍家が鷹狩りにくることになっただよ。
滅多にあることじゃねえから新平も検分に精を出しただろうよ。
あの日と同じこんぶくろ池を見渡せる木立の陰で、水を飲みに来る馬を見張っていた時のこんだ。
池向こうの森の中に、また、あの若い娘っ子がおっただよ。
もう娘っ子には会えねえと諦めかけていた新平は、さぞかしびっくらしたんだんべ、「あ、あの時の!」と、いかい声を出して娘っ子の方さ駆け寄ろうとしただよ。
水を飲んでいた馬が驚いて森の中に逃げ込むが早いか、娘はなんと池の中に飛び込んでしまったんだと。
あわてた新平は池の中を見たが、静まりけえった池には悲しそうな新平の顔が映るだけだ。
そのうちに池の中の水がゆーらゆら動いたと思ったらよ、池の中から赤い舌をチロチロ出した大蛇があらわれたんだと。
新平は腰を抜かすほどたまげてよ、大急ぎで馬に乗って代官所に帰った、てえ話しだ。

あの池にはこめら(こどもたち)だけでいくもんじゃねえ。大蛇に食われちまうからな。

このお話しの舞台