南部のお話

キツネいっぴょ

 藤心(ふじごころ)に 字(あざ)狐峠(きつねびょう)というところがあります。

 そのむかし狐峠(きつねびょう)は、村人から”キツネいっぴょ”と呼ばれていました。”キツネいっぴょ”なんておかしな名前でしょ。それは、こんな話があったからだそうです。

 そのむかし藤心(ふじごころ)には、たくさんの狐が住んでおりました。特に、木々の生い茂ったこんもりとした森と、林の続く狐峠(きつねびょう)には多く住んでいました。狐たちは、夕方になると、人家の所まで来ては鶏を取って食べたり、兎を取って食べたり、人間に化けて村人をだましたりしたそうです。

 ある時、日も暮れかかり、空が雀色になったころ、隣村まで用たしに出かけたおと市が、狐峠(きつねびょう)にさしかかった時、不思議なものを見ました。

 辺りはうす暗くなっているというのに。辺りには人家もないというのに。年ころなら十七・八になろうか、たもとの着物を着て、きれいな帯をしめ、おさげ髪をしたそれは美しい娘が近づいて来ました。うす暗い中でも、はっきり見えました。それも、たったひとりで歩いてきました。おと市は

「こんなさびしい道に、たったひとりで、美しい娘っ子がへんだなあ。」

と、思いながらも

「どっかのりっぱな家の娘さんだべ。」

と思ったりもして声をかけました。

「こんばんは。」

「・・・・。」

「どちらまで。」

「・・・・。」

 何度声をかけても娘は何も答えません。何も答えないばかりか、だまったまま、おと市の前になり後ろになりついて歩きました。

「こりゃへんだ。まさか狐じゃあんめえな。」

 おと市はだんだん不安になってきました。 おと市は、そしらぬ顔をして歩くことにしました。

 しばらくすると、娘はいつのまにかいなくなっていました。おと市は、ほっとしました。とその時、バタン バタンと手に持っていたちょうちんが鳴り始めました。今度はちょうちんの底がぬけて、ろうそくがなくなってしまいました。

「だれだ!!キツネか!!」

 何の返事もありません。こんどは力の限り家の方に向かって走り出しました。どこをどう走っているのか全然わかりません。すると、おと市の体に、何やらドンドンとぶつかるものがありました。

「ヒェー。」

 その度に方向をかえて走ったため、もうどこを走っているのか、全くわからなくなってしまいました。

 気がついてみたら、もとの場所に立っていました。それでも、おと市は走りました。やっと遠くに小さなあかりを見た時、おと市はほっとしました。こんどは、そこに向かって一もくさんに走りました。そこは、自分の家とはかなり離れた塚崎(つかざき)村でした。

 こんなことが何度もあり、いつとはなしに狐がいっぱいいる狐峠(きつねびょう)を誰いうともなく”キツネいっぴょ”と呼ぶようになりました。

このお話しの舞台


参考資料