南部のお話

北の森の光りもの

「あっ。今夜も光ってるだ。なんだんべ。」

「きつねのよめ入りじゃねえのか。」

「だけど、動かねえよ。こんどは青く光った。」

「ほら、赤くなったど。」

 秋の夜でした。中新宿村の人たちは、 谷津田(やつだ) の上の丘に立って、北に広がる深い森を見ていました。時々ぴかりと光るのです。青く光ったり赤く光ったりしました。こい緑や、だいだい色に変わることもあります。

「ありゃ、魔物にちげえねえ。北の森に行くんじゃねえど。」

と、ちゃんは子どもの手をかたくにぎって言いました。

「いつまでも見てると、魔物が村へ下りてくるかも知れんねえ。中へ入った。入った。」

と、おっかあは娘の手をひいて家の中へ入れました。

 その夜がずーっとつづいて、村の人たちはうす気味わるさにおののいていました。むかし、むかしの話です。

 季節が冬に近づいたころ、村に白い着物をきた行者がやってきました。人々はふるえながら、こわい光りものの話をしました。

「こわがることはない。それは、北の森に尊い神像がうまっているからだ。むかし、申の年の、申の月の、申の日に埋められた像なので、お前たちが行っても見つからない。申年申月申の日生まれの子を案内にして森に行けば、ありがたい神像は見つかるだろう。」

 行者は、そう言ってどこかへ行ってしまいました。

 近くの宿場に住むさむらいに、5、6歳くらいの男の子がいました。

 元気な子で、棒切れなどで剣術のまねをしているのを、村の人たちもよく目にしています。

「ぼう。いくつ。」

と、村人が聞くと

「いつつ。」

と、はっきりした声で答えました。その年は丑年だったので、5歳では申年かもしれません。父親に聞くと、正に当歳、申年申月申の日生まれでした。村人たちは、、この子を先頭に、北の森へ向かいました。

 5歳の男の子は、剣術ごっこに使っていた棒切れを持ちながら、少しもこわがらずに森の中を進みました。枯れたかやがつづき、低い雑木にばらのつるもからんでいました。松や杉の大木が高く立ち、うす暗いところもありました。やがて道は少しなだらになり、きれいな水がわいている泉に行きあたりました。

 男の子は、その一点を棒切れで示しました。

 村人たちは、かまで草や木をはらい、くわやとんがを使って掘っていきました。くわ先になにかがあたり、カチーンと、すんだ音が小さく広がりました。

 村人たちは、もうむちゅうになり、両手で土をかき分けました。

 五寸〈15センチメートル〉ぐらいの小さな像でした。金色の浅間(せんがん)大ぼさつでした。

 それから北の森の光りものを見た人はありません。村の人は、泉の上の台地にほこらをつくり、浅間さまをまつりました。そして、男の子を富士童子と呼んだそうです。

 いまも中新宿の氏神さまは、”富士浅間神社”といいます。泉の水で目を洗うと、目の病気はすぐなおるといわれています。

このお話しの舞台


参考資料