北部のお話

人力車に乗った白蛇

やけに静かな、そして月のきれいな夜のこと。

上野の不忍(しのばず)の池のわきで、車屋さんがいっぷくしていました。
「今日はちぃっと客が少なかったな。これ以上ねばっても仕方あるめぇ。もうここらでひきあげるか。」と、腰をあげたところ
「車屋さん、車屋さん、布施の弁天様まで行きてえんだが、いくらくらいでいってもらえるかねぇ」と色白できれいなむすめっ子が聞いてきました。

あまりにもそのむすめっ子がきれいなもんだから、しばらく見とれてしまった車屋さん、思い出したかのように「だいたい、いくらいくらのけんとうでいかれるよ」と答えました。
すると、むすめっ子は前金と心づけをすっとわたし、ひょいと車に乗りました。
きれいなむすめっ子に前金と心づけまでもらって、車屋さんも大よろこび。
「しっかりつかまっていてくだせぇ」というが早いか、いちもくさんにかけ出しました。


走りながら「ずいぶんと軽いな。若いむすめっ子だから、こんなもんか。」
おうらいもすくなく車も軽いので、本当ならゆうに一刻(いっとき)半はかかる道のりを一刻かからずに、布施弁天の入口についてしまいました。

車をとめて後ろをふり返ると、ふしぎなことにむすめっ子のすがたがみあたりません。
はやく走りすぎて途中でおとしてしまったのではないかと思ったら、むすめっ子がすわっていたところがビッショリぬれているではありませんか。おどろいた車屋さんがあたりを見まわすと、弁天山のくらがりをはってのぼっていく白蛇が見えました。
うすきみ悪くなった車屋さんは、きた時以上のはやさで上野に帰ったということです。


白蛇は弁天さまの使いといわれます。
きっと不忍(しのばず)の弁天さまと布施の弁天さまのお使いでいったり来たりしたのでしょう。
今も布施弁天には白い蛇が大切にほごされています。

このお話しの舞台


参考資料