むかし、葉山(はやま)あたりは深い森にかこまれたさびしい所でした。その近くは山が多く、大きな木が何本も生い茂り、枝が重なり合って昼でも暗く、下草が身の丈ほどものびて、道らしい道もありませんでした。
毎日夕方になると、たぬきやきつねの鳴き声が、村全体にひびきわたっていました。そのためか、この村の近くに住む人達はみんな狩りがじょうずで、ねらったえ物は絶対に逃がしたことがないという、鉄砲うちの名人がそろっていました。
ところがある日、同じ村のはずれに住んでいるおばあさんが、重い病気にかかり
「苦しいよう。苦しいようーーーー。」
と、泣いてばかりいました。
何人ものお医者様にみてもらっても、何という病気で、どんな手当をしたらよいかお医者様でさえさっぱりわかりませんでした。
そこで誰言うとなく
「あのばっちゃまには、きつねがついてしまったんだ。」
ということになりました。
どうしたら、きつねを追い払うことができるのか、村人達が集まって知恵をしぼりました。一人の物知りの老人が
「そうだ、きつねは、油揚げがとても好きだそうだ。病人のまくらもとに油揚げをおいてみたらどうだろうか。」
といいました。
さっそく、家の人が大きな油揚げを、何枚も何枚も焼いて、夕方病人のまくらもとのおぼんの上にのせて、念仏をとなえながらお供えしました。すると、どうでしょう。たしかに、夕方お供えした油揚げが、朝になるとなくなっているではありませんか。
次の日も、また次の日もお供えしましたが、やっぱり朝になると油揚げは、あとかたもなくきえていました。でも病人は少しもよくなりません。それどころか、口さえきくことができなくなってしまいました。
そこで、また村人が集まって相談をしました。
「これは、本当に、あのばっちゃまには、きつねがついてしまってはなれないんだ。」
と物知りの老人が言いました。村人もみんな、うなずきました。
病人は、だんだん弱っていくばかりです。
そこで一刻も早く、きつねを追い払わなければなりません。どうしたらよいのか、みんな困ってしまいました。するとさっきの老人が
「きつねが一番こわがっている鉄砲をおくといい。きつねがうたれたら大変だと思ってきっと逃げて行くにちがいない。さっそくやってみよう。」
といいました。家の人はすぐ村中で一番りっぱな、ピカピカに光った鉄砲と、油揚げを、病人のまくらもとにおきました。
あくる朝、鉄砲の先が涙のようなものでびっしょりぬれていました。
村人たちは、おどろきながら
「これはなんだろう」
「もしや、あのきつねは、この前うった子ぎつねの母親だったのかも知れない。かわいそうなことをしたなあ。」
「きつねも、わしらと同じ生きものの仲間じゃ。」
「子ぎつねをうつのは、やめよう。」
などと話し合いをしました。集まった村人もみんな同じ気持ちでした。
ふしぎや、ふしぎ・・・・次の日から、病人はどんどんよくなりました。
「よかった。よかった。」
と村人はみんな喜び合いました。
そんなことがあってから、だんだんきつねをとる人がいなくなったということです。